長谷川潔のショートストーリー

カテゴリー: ブログ, 美術 | 投稿日: | 投稿者:

今日は長谷川潔についてご紹介させていただきたいと思います。

潔は1898年に横浜で生まれます。国立銀行の横浜支店長であった父の元で、裕福な生活を過ごしてきました。しかし10歳の時に2人の兄弟を亡くし、さらに父をも亡くします。残された家族で東京へ移住しますが、中学卒業の年に母親をも亡くしてしまい、裕福な暮らしから一転、不幸な生活を余儀なくされてしまいます。

その後、好きな美術の道を究めるために黒田清輝の元で学ぶことになります。
そこは現在で言うところの美大受験の為の予備校であり、美大を目指す生徒が大勢いましたが、
潔は美大に進学するということよりも、本場のフランスで美術を学びたいという気持ちを強くしていきました。

そしてフランス留学しました。そこでの制作の中でペン画の印刷よりも自ら絵を掘っていく版画に魅力を感じ始め、版画を究めることになります。長谷川潔の言葉で「黒には7種類の色がある」と話したのは有名です。また、仏語翻訳された竹取物語の挿絵を政府から依頼されるなど多くの場面でその名が知られるようになります。1980年に亡くなるまで、日本には帰ることなく、自らを成長させたフランスの地で燃え尽きることとなったのです。

 

 

長谷川潔のショートストーリー」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 長谷川潔 | すっちゃんの全力アートライフッ!

コメントを残す